3章(途中)

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   約束の日、私は透ヶ川刑事と顔を合わせた。送迎の車を出してくれ、私はそれに乗って住宅街の外れへと向かう。塀の長くつづく区画に入ると、何度も車は左折に入った。舗装が粗い小道を二つ抜けたところで、ようやく人気がなくなった場所に入る。そこをしばらく走っていった先に、その建物はあった。      事件のあった曰わくつきの現場――      その奥手にはだだっ広い更地がつづいていて、杭が折れた看板が何枚か折り重なって設置されてあった。〝売り地〟となっているが、買い手がつかないから持ち主も不動産の登録だけを済ませて、放置しているのだろう。     「気分のほうはいかがでしょう。だいじょうぶなのでしょうか?」      透ヶ川刑事が私に向かって言う。私は差し伸ばされた手を断った。     「問題ありません。私は、気づかわれるほど弱い女じゃありませんから」      敷地内に入った。      中央に建てられた、二階建ての木造建築。管理がされていないせいか、埃っぽいような具合に色がくすんで見える。でも、仮設の教会に仕立てた、おしゃれな具合はまだまだ健在だった。まばらな煉瓦の色がいい味を出している。でも私はそんなこと等に何ら感興も催さない。      透ヶ川刑事は、正面玄関口に回った。二枚扉を閉じる横木が金具からさっと抜かれると、きしむ音を立ててドアがひとりでに開放されていく。あとは人の手で引いてやるだけだった。さびた金具で補強されたその戸をつかんだのは、あとから追いついてきた透ヶ川刑事だ。      私の目の前に、室内風景が拡がる。奥行きのある木板で埋められた足場だった。木の分厚い感触が、用意したスリッパ越しに伝わってくる。二階から射し込んでくる色ガラスに透けた七色の光の手前で、埃が何層も筋を作っていた。     「何年ぶりになりますか、この光景を見るのは?」      知っているくせに、と私は胸の内で悪態をつく。でも、その質問は私にとっても過去を振り返る意味でも必要なものだった。     「九年ぶり……いえ、十年ぶりぐらいじゃないですか」     「それぐらいになるんですね。いやあ、時が経つのってほんとうに短くて困りますね。わたしなんかはここ最近、時間に疎くなってきているせいか、ついこないだのことのように思っているぐらいですよ」      
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