3章(途中)

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 ぶつぶつ独り言めいたことを言い始めたと思いきや、ほんとうに独り言になっていった。奥手の天井にくりぬかれた丸い穴。そこを集中的に眺めている。やがて、天井からすぐ近くの位置を指差した。     「あのあたりに、被害者はぶら下がっていたんですよ」      被害者の鳴海隆一――      私は彼の顔を、覚えていなかった。これまでにもその機会が何度かあったのだったが、でも意識的に私の中に取り入れてこなかった。これというのも、私の感情が不必要に翻弄されるのを封じるためでもあった。     「覚えていらっしゃいますか?」      透ヶ川刑事の近くに立っていた私に、問いかける。しばらく黙って景色を眺めていた。 そして気持ちが高まったところで、私はようやく口を開くことができた。     「……もちろん、忘れるはずがないじゃないですか」      十年前――私が九歳の頃に目の当たりにしてしまった、ロープに吊された死体。あの光景。異常な、状況。そのときのざわざわとした感触は忘れることなどできない。あれは、私の中で一番というぐらいに恐ろしく刷り込まれた情景でもあるのだった。これが暗室で、二階にステンドグラスがはめられているとおりに、七色の光を帯びていたら、またちがって見えていたことだろう。でも、その時の私は鳴海の生の死体だけが見えてしまっていたのだった。      どくん、と私は全身に伝わるほどの動悸を一拍感じた。      でも、私は足腰をしっかり立てたまま、気丈を装った。息を吸いこみ、さらに気勢を得る。ほら、だいじょうぶ。私は、こんなにも平気でいられる。     「だから、どうしたっていうんですか?」      と、私は透ヶ川刑事を跳ね返すように言った。     「その調子で、ゆっくりと思い出してもらいたいんですよ。ここはもう二度と見られなくなりますからね」      彼の散歩のような徘徊がはじまった。隅っこまで歩いて行ったかと思うと、ステンレスリングが規則的にはめ込まれたその具合を見つめた。それが両サイドに均等に取り付けられ、二階部分の天井にも平行になるよう装備されているのだった。     「まだまだ、しっかりしていますね、こちら」    
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