3章(途中)

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   透ヶ川刑事が手に触れることで、リングが手のひらで包むのがやっとというぐらいの大きさであることが明らかになる。     「それががたついていたら、もうこの家、倒れていると思いますけれど」      ここが、元漆職人の工房だったことは、それとなく聞いてはいたけど、ここで工芸品を作っていた職人のことは何も知らなかった。いまやがらんどうになってしまった元工房には、ステンレスリングをはじめとして、どれだけその人の名残が残っているのか。視界を巡らせば、あれもこれもそうだって思わずにはいられない。     「事件時はこのリングのすべてが使用されたんですよ。上も下もです」      透ヶ川刑事は立ち上がって言う。リングは一階部分の片方だけで六カ所設けられているから、普通に計算して二十四個ある事になる。     「犯人は鳴海さんを空中に固定するためにそれだけのリングを使わなければいけなかったんです」     「ですから、それがどうしたっていうんです?」     「じつに準備がいいとは思いませんか? きっと、それだけ殺意があったということなんだと思います」      透ヶ川刑事はまた歩き出しはじめた。脇にはいつの間にか灰色のフェルト絨毯をかかえている。リングばかりに気を取られていたから分からなかったが、奥の壁にあらかじめ設置されてあったのだろう。     「拡げますね」      と、透ヶ川刑事が一言断ってから、天井の丸い穴の直下という位置に、フェルトの絨毯をさっと拡げた。重みのないそれは、簡単に拡がって、木板のうち二階からの光が当たっている箇所を覆った。     「この中央には血が拡がっていました。鑑識の結果からして鳴海さんは間違いなくフェルトの上で死んだはずなんです。凶器は不明ですが、推定して鈍器のようなものだったとのこと」      透ヶ川刑事はポケットから石を割ったようなチョークを取り出し、フェルトの上にこすりはじめた。描いたのは人型だった。明らかにうつぶせだったと分かる線。鳴海は発見時、複数のロープで吊り上げられていたのだから、その人型の線はのちの鑑定の結果、特定された被害状況に違いない。      そこまで鑑定は綿密に進められ、状況が明らかにされていたのだ。それでもうつぶせになっていたことぐらいが分かるだけで、そこから先が進めないままでいる。
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