3章(途中)

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なんとなく私が描かれた人型の線を見つめていると、透ヶ川刑事は頭部付近を指差した。     「血痕はだいたいこの付近に集中していました。致命傷となった患部はこちらですのでまあ、妥当じゃないかと」      頭蓋の天辺からやや後ろに位置する箇所。そこが患部なのだという。血痕はその箇所を中心に楕円状に拡がっていた。      透ヶ川刑事がゆっくりと立ち上がった。首を上向け、くりぬかれた穴の向こう――二階の天井を見つめる。ちょうど円の中心から真上に当たる位置に、ひときわ大きなステンレスリングが取り付けられている。     「あれが、滑車のような役割を果たして、漆器を搭載したクダを移動させていたんですよ。ただ、上げる作業はやっていなかったようです。あくまで一方通行が原則でして……、天井穴はクダを下げるためにのみ使用していたようです」      クダとは、漆器を乾燥させるための角材のことだ。一つの面に五つの穴が設けられ、そこに丸材の突起が埋めこまれている。そこに漆器を固定して、五口のお椀を一気に乾燥させるのだ。これは道具を見ただけでどのように使うのか、想像することができた。でも、天井に設けられた丸い穴についての使い方は私の予想とは外れていた。     「下げるためだけ……だったんです?」      と、私はつい問い返してしまう。     「ええ、そうなんですよ、下げるためだけに使用されていたんです。と言いますのも二階は乾燥室として使われていましてね、普段はあの円型の穴は塞がれているんです。これは徹底して埃がつかないよう、無塵室のような空間を作るためです。ほら、漆っていうのは埃が天敵でしょう? 一つでも付着すると商品として台無しになってしまう。だから、塗師屋にとって乾燥室は必要な空間なんです」      乾燥室――じつはそうだったのだ。二階は漆器の総仕上げをするという職人にとって、大切な空間だったのだ。だから、二階にまでいたる直接の手段が、外階段のみとなっているのだ。ここはやっぱりれっきとした、漆職人の仕事場だったのだ。     「一つ、聞いてもいいですか?」      私はにわかに沸いた、好奇心を抑えきれずに言った。     「かまいませんよ、どうぞ」      と、透ヶ川刑事はいつものように気安く応じる。     「一階の高さが通常よりも高いのはどうしてなんです?」  
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