3章(途中)

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 鋭い。彼は、当時の屋敷の見取り図が頭に入っていて、いまも頭の中で立体的に再現できるようだ。そんなことができるのは、当時屋敷で働いていた使用人と、お亡くなりになった大旦那さま夫妻、そのご子息であるいまの旦那さま……、そして彼ぐらいなものだろう。     「そうですね」      と、私は平たい口調で言った。     「となると、瑞枝さんは府川さんのところにでも出ていったのでしょうか?」     「どうしてそうなるんです?」      透ヶ川刑事の顔が心持ち、解れた風にゆるむ。     「まあ、そうですよね。証言一つで、そんな風に解釈してしまってはいけない。これはちょっと失礼なことでした……この通りです、お詫びいたします」      ぺこりと頭を下げた後、彼は私を先導するように、裏口へと回り出した。側面の奥手。そこをまっすぐ上り詰めていった先に、二階の部屋にいたる扉がある。ただ、外階段の最初の五段ぐらいが消失したままで、すぐさま登れる状態にあるわけではなかった。     「ちょっと待っていて下さいね。ちょっとした踏み台を用意してきますから」      どうやら用意があるようだった。それもそのはず、彼は私をここに連れてくるまで、八回も誘いかけてきているのだった。それぐらい熱意があるのだから、これぐらいはやって いたところでなんらおかしなことではなかった。さっき、私の前で展開した血痕が付着したとするサンプル用のフェルトだってそうだ。これだって、あらかじめ準備してきた結果に拡げられたものだったはずだ。      透ヶ川刑事が木製の踏み台を肩に抱えて戻ってきた。新しい感じがあることから、警察が捜査する際にとどこおりがないよう、自前でこしらえたのではないか。     「ほら、これで安全になりましたよ。あなたにも渡ってもらえます」      踏み台の安定感を何度も確かめ、透ヶ川刑事は私を階段の上へと誘ってくる。手を差し伸べられていたが、私は借りずに独りでに登り詰めた。そもそもそんなに高さがあるわけでもなかったから、少し踏ん張ればそれで問題なく先に進めた。      二階に至る階段前に二人して立つ。     「開けますよ、いいですね?」      透ヶ川刑事の催促。私は扉を見つめたままうなずいた。また別の緊張を感じていた。一階部分を無事に確認できたからと言って、同じようにクリアできるとは思っていなかった。      
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