チェンジ!

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彼の手にある青い傘と、営業用のビジネスバッグ。 荒い息と、揺れる肩。 そして、今の言葉から察すると、加納は訪問先で 話が長引き、急いで戻って来たらしい。 ならば、幸の心配は無用だったという事だ。 これで心置きなく、帰れるというもの。 「別に待ってなんかいないわ。 たまたま通りがかっただけだから」 予定通りに偶然を強調し、再び傘を取りだす為に バッグに目を落とす。 「幸」 「なによ」 「可愛いね」 「はあ!?」 この状況のどこに、そんな言葉が当てはまると いうのか。 「誤魔化さなくていいよ。照れ屋さんだな」 加納は嬉しくて、満面の笑みを幸に向ける。 幸が来るまで待つつもりだったのは確かだ。 彼とてバカでは無い。 幸はあんなに強く断っていたのだから、 正直言って来てくれるかは、半信半疑だった。 そんな幸が、約束の場所に立っていた。 その事実は加納を有頂天にした。 「誤魔化してなんか。たった今来たばかりよ!」 「またまたそんな事。気を遣わずに、はっきり 言って良いんだよ。怒って当然なんだから」 「はっきり言ってるでしょ。加納さん、 耳が悪いの?」 「はいはい。そういう事にしてあげるよ」 「本当なんだってば!」 なんで? どうしてそうなるの? いつの間にか、待っていたのは幸の方に なっている。 しかも、来たばかりだと言って、加納に気を 遣わせまいとしていると。 どこをどう曲解したら、そういう事になるのか。 いつも以上に聞く耳を持たない加納。 幸はもう、どうしたら良いのか わからなくなった。 「そうだ、幸。そろそろ名前で呼んでも 良いんじゃないか?僕は大智だ。知ってるよね」 「誰がっ!もう知らない!」 この男とはきっと、一生かけても話が 噛み合いわないに違いない。 誤解を解くのを諦め、彼の傘を出て、 駅の方へ走り出す。 はずだったのに…… 目の前に大きな手が現れ、幸の行く手を阻み、 びっくりして足を止めた幸の肩を抱き寄せ、 ピタリと彼女の体を加納に寄り添わせる。 「ちょっ……」 「私物の鞄はデスクに置いてあるんだ。 一度、課に戻るからついて来て」 「何するの、離して」 「誰も見ていないよ。大丈夫」 「一人で行けばいいでしょ!」
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