チェンジ!

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彼は限りなくポジティブな思考の 持ち主らしく、幸の言った言葉を全て、 自分の都合の良いように脳内変換して しまうのだ。 この人と、まともな会話が成立する人が いるのだろうか。 これほどマイペースな人間に出会ったのは 初めてで、幸はすっかりペースを乱されている。 「ごめんなさい。急ぎますので」 関わり合いにならない事。 一番の対処法はこれだと思い、幸は彼に、 自ら近付かないようにしていた。 今までだって、すれ違えば会釈する程度の 間柄だったのだから、不都合など何も無い。 けれども彼を避けたいと思えば思うほど、なぜか こんなふうに、朝から出会ってしまったりする。 バレンタインの日、なんの因果か加納は幸が 自分を好きだと勘違いしてしまった。 完全なる誤解に、何度も釈明を試みたけれど、 彼は持ち前のポジティブさを発揮して、聞く耳を 持ってくれない。 更に不運な事に、幸は彼に気に入られてしまった ようなのだ。 以来、彼女の平穏な生活は奪われつつある。 「あ、待って、幸」 「なによ、まだ何か用?」 正面玄関までしつこく付いて来た加納に イラつき、つっけんどんに聞き返す。 もう礼儀正しく接するのにも、疲れてしまった。 「うん、あのさ、今日デートしようよ」 「デート?何であなたと……」 「またそんな事を。付き合ってるんだから、 照れなくて良いんだよ。十八時半に、ここで 待ち合わせしよう」 「だから、付き合ってないし、照れてない。 勝手に決めないで、私は行かないから」 なんで加納相手に、照れる必要がある? この男に興味なんて無い。 多分、おそらく。 頭の隅に浮かんだバカな考えを封じ込め、 何を言ってもめげない男に、幸は最後の 返事をする。 「とにかく、私は行けません。 他の人を誘えば?」 きつい口調で言って、足を速めた。 「君が来るまで、ずっとここで待ってるから」 「だから、私は……」 行く気はないけれど、行けない正当な 理由もある。 もう一度はっきり断るために振り返ると、 笑顔で手を振る加納を、2、3人の女の子が 取り囲むのが見えた。 加納は彼女等に例の笑顔を振り撒いている。 「なによ、舌の根も乾かないうちに」 絶対に行くものですか。 そう心に決めて、幸は玄関をくぐった。
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