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「嘘!雨が降ってるの?」
もっと良く見るために、ガラスに額を寄せた。
ちっとも気付かなかった。
いつから降っていたのだろう。
「大丈夫、よね。ちゃんと断ったもの」
幸の頭に浮かんだのは、加納の姿。
彼は、十八時半に玄関前と言っていた。
加納が指定した場所で待っているとしたら、
濡れるのは必至。
傘を持っていれば別だけれど……
もしもあの男がいつもの調子で、幸の返事を
自分に都合良く変換していたら?
『君が来るまで、ずっとここで待っているから』
加納の言葉が、再び頭の中にリフレインする。
外はまだ真冬並みに寒い。
濡れたら間違いなく、風邪をひくだろう。
「私の責任じゃない、わよね」
加納が風邪をひこうが、熱を出そうが、
関係無い。
待っているはずがない。
約束の時間を一時間近く、過ぎているのだから。
でも、
もし……
「ああ、もう。厄介な!!」
バッグとコートを掴み、急いで戸締りをして
廊下を走る。
忙しなくボタンを押し、到着したエレベーターに
飛び乗った。
_____
____
誰もいないホールを、小走りで抜けた幸は
正面玄関で立ち止まった。
もしも、加納がそこにいたら、慌てて来たと
思われたくない。
変に喜ばせたら、また付きまとわれるから。
仮にそこに居たとして、幸が通りかかったのは、
あくまで偶然という事にしなければ。
呼吸を整え、ゆっくりと外へ出る。
そこに、加納の姿は無かった。
「良かった。居ない……」
ホッと白い息を吐く。
「そうよね。行かないって言ったんだし、
時間もこんなに過ぎてるんだもん。
待ってるはずないのよ」
これで良心の呵責に苦しむ事は無い。
「あ、そうだ。傘……」
立ち止まって、バッグの中の折り畳み傘を
探していると、ふと手元が暗くなった。
「ん?」
視線を上げると、青い傘の端が目に映る。
「遅れてごめん。待っててくれたんだね」
頭上から低い声が響き、ハッと振り返ると、
息を切らした加納が、幸に微笑みかけていた。
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