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長い長い待ち時間の間、タッケーは何十回もトイレに立つ。
「すぐる、大丈夫やで。落ち着いてやったら平気や。いつもと同じようにやろうや」
「タッケー、もうじっとしとけや」
産前のクマみたいに、タッケーはウロウロと廊下の端っこで歩きつづける。
たまに「うえぇぇ」と緊張のあまり、えずくような声を上げたりもしてる。
「俺らのネタで、東京の客は笑うてくれるやろか……」
青ざめた顔で、タッケーは言った。
いつも前向きなタッケーが、こんな弱気な発言をするとは思わんかった。
「劇場で、ゲラゲラ笑うファンの前で演りたいわ。ほんまに、怖いわ……」
とうとう己を両腕で抱えて、タッケーは座り込んだ。完全に、東京の雰囲気にやられとる。
「なあ、タッケー。
やっぱり、万人受けで作ったネタやなくて、僕らが1番ウケたネタで勝負せえへんか?」
「……え……? 何言うとん!? いまさら、ここまで来て、すぐる何言うとん!?」
「タッケーも気付いとんのやろ? 前のネタの方がハバネロクラッツの味やて。最近のネタはウケても小規模や。
前のネタ演って、デッカくウケるか、思っきしドン引きさせるか。
どーせなら、デッカい博打しようや」
魂が半分抜け出たような顔のタッケーは、僕のとんでもない提案に「ははは」とひび割れた唇を歪まして笑うた。
「東京でハバクラ心中かいな。
こうなったらヤケや。やったろうやないか!」
顔すらまだ蒼いままやけど、タッケーは力強く立ち上がった。
そして、ADさんが僕らを呼びに来た。
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