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「安定した芸風やし、そのまま気張りや」
遠野さんの優しい声かけにタッケーと僕がホッと胸を撫で下ろした時、近野さんの厳しい声がした。
「あかん。今のままや、あかん。
あんなん、ワシやったらようやらんわ。
……ネタ考えとるのはどっちや?」
近野さんの太い指先が僕ら2人の間をさまよう。
その指に射止められる怖さも感じつつ、僕がそっと右手を挙げると、舞台では絶対出さん鋭い三白眼を僕に向け、「オマエの方か」と近野さんは僕のみぞおちを指でトン、と突いた。
「劇場でイキッて終わるんやったら、そのまんまでええ。
でも、お前ら天下取りたいやろ。
メディアに出たあと、小学生がお前らのネタ真似して、ジイさんバアさんが笑って許せるネタやないと今の時代すぐ消えよるわ」
それだけ言うと、近野さんは急に興味が失せたように踵を返した。ありがとうございます、と頭を下げるタッケーと、にこやかに手を振って去る遠野さんの中で、僕の脳ミソは近野さんの言葉をいつまでもリプレイしていた。
*****
部屋の向こうから、いつもの足音と地響きが聞こえる。それはすぐに扉を乱暴に開ける音に変わり、オカンが顔を出した。
「……あれ、今日は女の子おらんの?
そろそろ終わる頃やと思うて来たのに」
「なんの計算しとんのや。別に毎回女のコ連れ込んどる訳やない」
普通にローテーブルでネタを練ってる僕を見て、オカンは拍子抜けしたような顔をした。
「なんや気持ち悪い。どしたん? タッケーと喧嘩でもしたん?」
「エンキンコロンブスの近野さんに、『メディアに出たいんやったら、今のネタやあかん』言われた」
僕が言うた途端、隣で洗濯物を畳み始めたオカンからドタンッと音がした。オカンがひっくり返って短い両足を天井に向けていたのだ。
「エ、エンキンの近野さんと話しはったん!?
凄いやん!! しかもアドヴァイスまでもろてるやないの!!」
オカンは慌てて起き上がり、喜んで僕を揺さぶるけども、僕はそれどころやない。声掛けされて興奮したのは相方のタッケーも同じで、タッケーは僕に万人受けするネタを書けと言う。
そんなん言うのは簡単や。しかし書く方はしんどいんや。
官能小説ばかり書いてたやつに、いきなり直木賞をとれる話を書け、と言うようなモンや。
いつまでも喜ぶオカンを横目に、僕はただただ頭を項垂れた。
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