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それを聞いてから、僕とタッケーは猛特訓をした。
特訓したネタは“万人受け”の、ネタや。
「なあタッケー、前のネタをやったら、あかんやろか」
公園のベンチにだらしなく横たわり、僕はタッケーに聞いてみる。
すぐそばに競技場のあるこの公園ではたくさんのランナーが走っている。僕は大きな噴水を眺めていたが、その目線はすぐにその横を走り抜けたオネエサンのお尻に変更される。
ほらな。ヒトは煩悩で生きとるんや。
モモイロの欲があるから世の中オモロイんやないか。
僕の考えを何も知らんタッケーは、ランナーが振り返るほどの声で「あかんに決まっとるやろが!」と言い切った。
「初の東京やで!!
しかもエンキンさんの前フリやで!!
そんなとこで会場冷やすようなネタできるか!
ヒデヨシさんがノブナガの草履を温っためたように!
俺らがエンキンさんの舞台を温っためなあかんのや!」
タッケーは昔から熱い男や。熱い故に、喧嘩っ早い所もある。タッケーは熱くなると戦闘能力の数値が一気に上がる。だけど、僕は争うのは好かん。だからガキん頃から折れるんは僕や。
この時も、僕はたった一言「そーか」と言うて、この話を終わらせた。
それから劇場の仕事をこなしつつ、僕は東京に行く前日日を迎えた。
「おかあちゃんな。マネージャーさん取っ捕まえてスタジオ見学のパス貰うてん」
カバンに明日の荷物を詰める僕の横で、おかあちゃんは乙女のように頬を赤らめて言った。
「地獄の底まで付いてくる勢いやな」
「いややわぁ。地獄なんてよう行かん。おかあちゃんはハバネロクラッツが東京進出したのを観るために行くんや」
「こっちでウケても、東京ではウケんてよくある事や。無名の僕らが進出までは出来ても、あのネタで爆笑取るんはムリな話や」
僕は、きっと少し拗ねていた。
売れたいと思うけど、それは僕が楽しいと思うネタで挑戦する訳や無いからや。
売れてから前のネタもやったらええ、と相談に乗ってくれた兄さんは言うたけど、売れた兄さん達が昔のネタを演っている所を僕は見たことがない。
僕は、やはり間違っているんやろか。
悶々と悩みすぎて、この時オカンの分厚い手のひらが僕の後頭部を狙っているのに気づきもしなかった。
シュッと空気を切る音がして、いきなしバッチーンと音が響いた。僕の目ぇから火花が散る。
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