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取り戻したい記憶
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洋一を病院へ連れて帰り、いつも通り食事をさせ、彼を風呂に入れてやる。
歩く事や食事を摂るのもままならない洋一にはどうしても介助が必要だった。
彼が服を脱ぐのを手伝い、病院の狭いユニットバスに、服を着たまま一緒に入ると
彼はいつも、恥ずかしそうに苦い顔をした。
柊が「恥ずかしがる事ないでしょう?同じモンがついてんだから」と、冗談めかして彼に言うと
彼は少しはにかんで、「うん、そうだよね」と、素直に柊の手を借りた。
彼の身体を丁寧に洗う。
大きくて逞しかった背中は、やけに小さく感じられた。
そして痛々しい大きな傷痕が三カ所
脇腹と肩と太腿にある。
背中を擦る手を止めて、不意に指先で肩の銃創に触れると、洋一が振り向いて「どうしたの?」と言う。
「痛くない?」
「うん、もう傷口は痛くないよ?…中の骨は痛いけどね…」
石鹸の泡がついた腕をゆっくりと上げ下げする洋一の姿を見て、柊は必死に涙を堪えていた。
「足はかなり動くようになったんだよ?ほら…」
そう言って自分の腕で、動かない右の太腿を抱え軽く持ち上げるようにして
骨ばった細い足首をクイ、と動かして見せた。
「へぇ、すごいじゃない、でも…
あんまり頑張り過ぎないでよ?洋ちゃ…
織田さん、無理するからリハビリの先生が心配してたよ?」
「そっか…でもね、早く歩けるようになりたいんだ」
うっかり『洋ちゃん』と、その名を口走りそうになる。
しかし柊は“介護士”と名乗った以上、その役に徹しなければならなかった。
これは自分への戒めだと思っていた。
その姿から一時も目を反らさず、自分が彼の手足になることで
罪が軽くなると思っていた。
だが、違ったんだ…
罪は軽くならない。
罪は、軽くならない…
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