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花、散りたもうことなかれ
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『ねぇ、藤堂のおじさん?もうあの子の事は許してやってよ、金なら俺が返すから…』
あの日、柊を逃がした後
洋一は持っていた銃を捨て、柊を自由にしてやって欲しいと頭を下げた。
大切な者を守りたい
掛け替えない者のために自分が傷付いても構わないと思っていた。
『てめぇ、ふざけんな!』
『やめろ!』
『うっ…、っ…』
洋一に殴られ倒れていた男が、藤堂の制止を振り切り、突然洋一の脇腹をブスリと刺した。
『ふふふ…っ、いってぇなぁ…いきなり何すんだよ?』
刺された傷は深く、大きな痛手を食らったにも関わらず、それでも薄ら笑いを浮かべた洋一に、若い衆が怯む。
『やっちまえ!』
洋一は激しい暴行を受けても、抵抗もせず
かつて自分の父親の弟分だった、若頭の藤堂だけをじっと見据えていた。
『待てお前ら、命は助けてやれ…』
『し、しかし若頭…』
『コイツは組長の息子だ』
『え?』
『まぁもっとも…今は赤の他人だけどな…』
現・総竜会組長、元はただのチンピラだった父と、当時歌舞伎町でホステスをしていた母。
客とホステスという関係だった二人は恋に落ち、やがて二人の間に洋一が生まれた。
しかしろくに働きもせず事件ばかり起こし、挙げ句妻から金を巻き上げ、暴力まで振るうようになった父親に
心身共に疲れ果て、思い詰めた洋一の母は、23歳という若さで自ら命を絶った。
母親が亡くなってから、幼い洋一も父親から度々虐待を受けていたが、父親がとうとう刑務所に入る事になり、洋一は施設に預けられた。
出所してからも父親は洋一を引き取る事はなく、数年経った今、組長にまで登り詰めていた。
どんな手を使っても欲しいものは手に入れる。
文字通り、誰もが認めるような、極悪非道な人間だった。
そんな人間が父親だと認めたくなくて、洋一は母親の旧姓を名乗っていたが
問題を起こす度に「血は争えない」と罵られ、忘れられない過去の傷に苦しみ
父親の存在を心底恨み、やがて自分の存在をも憎むようになった。
幼い時の洋一を
そして当時からの事を全て知っているのは、ここにいる藤堂、ただ一人だった。
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