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暫く歩くと、夜だというのに人でごった返す中心部にたどり着いた。所狭しと並ぶ露店に各店舗を物色する人の群れ、セール中と書かれた看板と巧みなセールストークで買い物客を誘う露店商の姿。夜でこの騒がしさなら真っ昼間はきっと話もできないほど五月蝿いだろう。
「バザー会場だが覚えてるか?」
「なんとかな。そういや、ウィルバーは北区に向かってたようだが、なんか用でもあったのか?」
「街の哨戒だよ」
「ああ、デートコースの下見か」
「なななな何言ってんだよ! でっ、デートコースって、そんなわけないだろう? ししし、しかも一体誰と誰の事だよ」
突然狼狽し、顔はおろか耳まで赤く染めたウィルバーは慌てて口走るが呂律が回っていない。
「分かってる癖に」
「いやいやいやいや。俺、何も知らないから」
「え? あの花どうするんだよ? 魅惑の花弁」
「プ、プレゼントするさ」
「誰に?」
「いや、その」
「なんだよ、男らしくねーな」
「今はそんなことどうでもいいだろ? あ、ほら、見えてきたぜ。俺達の学舎、兼宿舎」
彼は弁解するように慌てて指をさし、人の数倍はあるかと思う石造りの鐘楼に近付いていった。
受付と思われる四角く切り取られた小窓には受付嬢が机に突っ伏していびきをかいて寝ている。その傍に宿舎名簿が無造作に置かれていたので勝手に取って自分の名を探してみた。
「えーと、ナ行の、ネ、ネ、あった。宿舎の二階、2092号室」
「おいおい、部屋番まで忘れてるのかよ。行き方分かるのか?」
「ああ、ここまで来ると分かるよ。ありがとな、ウィルバー」
「へっ、御安い御用だぜ」
「じゃ、また明日なー」
「おう」
正直に言えば、宿舎の行き方は分からない。だが、受付から遠く離れていなかった気がする。
程なくして、宿舎の入口を見つけ、二階への階段を登った。廊下は暗く、トーチの頼りない灯りがぼんやりと辺りを照らしていた。
2092号室。ここだ。
暗い。月明かりでもあればいいがあいにく曇りだ。
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