第1章

72/77
前へ
/77ページ
次へ
 目を瞑ると自分に笑いかけてくる優志の姿が浮かんだ。今確かに腕の中に本人を抱きしめているのに,どれだけ惚れているのだろう,と胸が熱くなった。 ―こんなにも誰かを愛することができるとは,思っていなかった…  恋人の寝息を聞きながら,ブライスは9日間の滞在を丁寧に思い起こした。何度も何度も幸せな瞬間を再生して,ブライスは自分が幸せな男だと思った。  羽田空港の出発ロビーのイスに座り,優志はブライスのスマートフォンに映し出される画像を見ていた。肩を寄せ合い,額がくっつきそうになるほど近づいて見ている。 「松島の俺たち,鼻の頭が赤いな,本当に寒かった」 「そうだな…,赤鼻の優志は良かったけどな…。寒いといえば,スキー場。ほら…」 「何だ,これ?休んでいる俺じゃないか…。格好悪いな…」 「これは,前日に,優志が俺のためにものすごく頑張ってくれた証拠だから」 「……」  無言になってその先を見ている優志から,少しだけ離れて眺める。 ―大丈夫そうだな…  仙台を発ってすぐに,遼からメールをもらった。優志がシアトルを離れるときに,端で見ていられないほど悲しみに暮れていたこと。かろうじて,ブライスからのメモを見て元気を取り戻したこと。 今回は十分に愛情の補給をしたし,夏休みには優志がシアトルに来ることになっているし,前回ほど悲しみに襲われることはないだろう,と考えていた。 ふと優志がスマートフォンから視線をあげて,ブライスを見た。ブライスが微笑みを返すと,優志は唇をほんのわずかに震わせて,落ち着かなく視線を泳がせた。 ―大丈夫…ではない…か…
/77ページ

最初のコメントを投稿しよう!

142人が本棚に入れています
本棚に追加