第一章ー春、自称“犬”ー

19/32
前へ
/291ページ
次へ
夢を見た、怖い、夢を。 それはまさに悪夢、まさに絶望。 何一つ希望の無い壊れきった世界。 辺り一面、見渡す限りの闇。光はない、ただただ何処までも黒く広いのか狭いのかも分からないそんな場所に僕は佇んでいた。 何故、夢と断言出来るのか。 こんなもの、現実であって欲しくない。僕がそう願っていて、現実にこんなのはあり得ない。脳がそう叫んでいるからだ、怖い。とてつもない不安感に心を抉られる。 通常、夢を夢だと認識した瞬間に人間は夢から目覚める。夢とは無意識の中、自身が見た景色、印象に残っている記憶から脚色を加え作り出されるものであり無意識が自我を。つまり意識を持ってこれは夢だと認識すればそれはもう無意識ではなくなってしまう、故に夢は覚める。 なのに、目覚めない。 四肢の感覚はある、瞳も開いている。一寸先は闇、石橋を叩いて渡るよりも慎重に一歩を踏み出し地面という概念が存在するのかを確かめる。 地面は、ある。夢の中なので酸素はなくとも生きていけるのだろうけれどそれもある、息苦しいことはない。その他、あるものを確認していく、左右前後に壁はあるのか。取り合えず両手が届く範囲に壁はない。 次は、次は。何をしようか。 体はあるし遜色なく各所が機能を果たしている。地面という概念もあり左右前後に壁はない、歩き出せるが歩き出す勇気はない。 「……」 「……」 誰かがこちらを見ている。 暗闇の中で見られている、というのはおかしな話だが視線を感じる。暗闇の中で方向感覚を失ってしまったが自分の目の前を正面とするなら、そう、正面から。 足音は聞こえないが確実にこちらへ近づいて来ている。突然の暗闇、突然の自分以外の存在。もうどうなっているのかお粗末な脳では現状を処理しきれなくなった、オーバーヒートである。
/291ページ

最初のコメントを投稿しよう!

85人が本棚に入れています
本棚に追加