第一章ー春、自称“犬”ー

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ぱっと。灯りが灯った。 眼前に小さな子犬、白くもふもふした尻尾を振り二足歩行する子犬が、いた。首には赤い首輪と共に発光するライトを付けている、これか。暗闇の中から僕を救ってくれたのは。 「あ、あの。どう、も」 子犬はわんと一鳴きするとくるりと身を翻して歩き出す、この闇に取り残されるのが怖くて物を言わぬ子犬の後を追いかけ僕も歩き出す。それからただなにもない景色を子犬とひたすら歩いて行くと扉の前に到着した。 すると子犬はまたわんと一鳴き。 まるでここへ入れ、とでも言っているかのようで 「ここに入るの?」 と聞き返した。が、しかし、意地悪な子犬は僕を案内するだけしてどこかへ帰っていく。瞬く間に僅かな光が失われ暗闇が姿を現す、進むしかないと悟った僕は勇気を手にドアを開けた。 「……」 次は、真っ白な世界。数秒後、暗転。 嫌な、景色にたどり着いた。僕の生まれ育った町、いや、村だろうか。農業が主体のなんにもない村の一軒家の居間、幼い男の子と両親のいる光景。 声は聞こえないが激しい口論が展開されている、少年は大人の怒号に耳を塞ぎ膝を抱えている。数分もしない内に口論は取っ組み合いの喧嘩となり父親の標的になったのは息子である少年だった。なんだっけな、この時、なんて言われたか。 いつも、そうやって隅っこで耳を塞ぎやがって目障りなんだよ、だったか。ともあれ少年は振り上げられた農業で鍛えられた豪腕に殴られることはなかった。母親が少年を庇ったのだ。この子は悪くないでしょ、と。 父親の拳に殴られ少年の前まで数メートル。古くさい畳の上を転がって、それでもキッと睨み少年を庇ったのだ。立派である、母が子を思う気持ちは何よりも強いんだと少年は幼いながらに関心した。 しかし、そんな母の態度が気に入らなかったのだろう。そのあとも母は殴る蹴るの暴行を受け続けた。
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