第一章ー春、自称“犬”ー

7/32
前へ
/291ページ
次へ
  「あのー、なにしてらっしゃるんでしょう」 「ご主人の匂いを覚るためにくんくんしてるの」 息をしてるのくらいの気軽さでくんくんしてると宣言。なるほどなるほど、自称するだけあって設定には拘っていくタイプの女の子なんだろう、そうであってくれ。ただの痴女さんを拾ったとかだったら僕の人生が危ぶまれかねない。 「緋色」 追求から逃れるため、話題を切り替える。 「どうしたの?」 「お腹へった」 きゅるる。お腹の虫が音をあげる。 「お夜食はドックフードで?」 「ひゅーまんふーどがいい。どうしてもって言うならドックフード食べる、緋色が柔らかな白ご飯食べてる隣でかりかりかりかりするけど」 ぶんぶん揺れていた尻尾と長くてツンとした耳がぺったりと垂れる。想像するだけで心苦しく悲惨だ。 「冗談だよ、冗談。お魚orお肉、どっち?」 「お肉がいい」 なおも枕からご主人の匂いを吸引し続ける困ったさんに晩御飯を作ってあげる為に台所に立つ。買い置きの豚肉は昨晩から生姜ダレに漬け込まれてあとは焼くだけ、だが少々量が足り苦しいので適当に追加して熱したフライパンに油をひいてとぽん。 キャベツを千切りにして野菜を盛り付け大好きなごまだれをかけ、味噌汁を作る。焼きあがった生姜焼きも盛り付け白米をよそい、お盆に二人分のせてお待ちかねの晩御飯。 吸引力の変わらないただ一つのわんこもローテーブルの前に着席してお行儀よく座っている。が、枕を抱えているのはいかがなものか、指摘すると疲れがどっと溜まるのでスルーして席につく。 「いただきまーす」 「いただきまーす」 生姜焼きをお箸でつまみ口内へ運ぶ。 はむはむと小さな口が動き続いて白米を送り込む。こくりと飲み込み幸せそうに頬を緩ませた。
/291ページ

最初のコメントを投稿しよう!

85人が本棚に入れています
本棚に追加