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及川はプッと噴き出すとカバを撫で回して、最後にギュッと抱きしめた。
あ、いいなあ。
「これ、先輩に似てる。かーわいー。でも、何で部活のマスコット?」
「微笑みながら大口を開けて歌うのが基本でしょ?」
ニッコリ目を細めて大きな口を開けているカバくんを指さして言うと、及川はフンと鼻を鳴らして、またカバくんを抱きしめる手に力を込めた。
「俺のだし。誰にも触らせないから。先輩だと思って毎晩一緒に寝ます」
「ああ、はいはい。そうして」
誰かが廊下を走り抜ける音がして、もう行かなきゃと思った。
卒業証書をバッグに無理矢理詰め込でいると、「カバ先輩」といつもの呼び方で呼ばれて、また寂しくなる。
私の名前が和佳奈だから、友達は『カナ』と呼ぶ。
それで、部活の後輩たちも『カナ先輩』と呼んでいた。こいつ以外は。
「もう。駅でバッタリ会った時に、大声でその呼び方するのは止めてよ?」
一度、日曜日にそれをやられて、凄く恥ずかしかったのを思い出した。
嬉しそうにブンブン手を振る及川の私服姿がカッコ良過ぎて、文句も言えなかったけど。
「呼びませんよ。もう先輩じゃないし」
「いや、先輩でしょ? 卒業したって先輩は先輩。そうだ。及川からはプレゼントないの?」
一応、部活の後輩たちからは、お別れコンサートの時に色紙と記念品をもらっている。
でも、個人的に仲の良かった後輩は、今日も花束とかちょっとしたプレゼントを持ってきてくれていた。
個人的にムチャクチャ絡んできた及川からは、もらって当然のような気がする。
「ああ、ありますよ。ちょっと目をつぶってて」
へえ。こいつでもちゃんとプレゼントを買っていてくれたのかと嬉しくなった。
どんなサプライズかと目をつぶった私は、次の瞬間、唇に何かが触れた感触に驚いて目を開けた。
ありえないほど間近にある及川の綺麗な顔に、私の体は硬直した。
「な、な」
何したの? と聞きたいのに、言葉が出ない。
「和佳奈、卒業おめでとう。明日からも毎日会いに行くから」
近くの机に置いたカバくんの代わりに、及川は私のことをギュッと抱きしめた。
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