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思えばこいつには散々振り回されてきた。
来る日も来る日も。
それも今日で終わりだ。
今だって、もうクラスのみんなは打ち上げに行ってしまったっていうのに、私は教室の黒板の前に立たされている。
こいつが写真を撮りたいなんて言い出すから。
その割にはパッパと撮らないで、いつものやる気のない気怠げな様子で私を見ていたりする。
その色白の小顔も、柔らかそうな色素の薄い髪も、男にしては大きな瞳も、今日で最後。これで見納めか。
2年前、部活の新入生だったこいつは、先輩、先輩って私に懐いてきたから、私も子分ができたみたいで嬉しかったんだ。
ホントあの頃が懐かしい。
「先輩? 泣いてる?」
「そ、そりゃあ、卒業式だもん。クラスの男子だって号泣してる奴いたし」
「ふーん。でも、今の涙は俺のせいでしょ? 明日から会えないと思ったら泣けてきちゃった?」
こいつのこういうところがムカつく。
人のことをからかって。自分は何でもないって顔して。
「ま、大学が暇になったら、部活に顔出すよ。その時は『どちら様?』なんて冷たいこと言わないでよ?」
こいつだったら言いそうだ。
でも、本当に半年もしたら忘れられそう。『去る者は日日に疎し』だから。
そう思ったら、言いようのない寂しさに襲われた。
「別にいいですよ、わざわざ部活に来なくても。先輩風吹かせたOGなんて迷惑なだけだから」
相変わらずの辛辣な物言いも最後だと思えば我慢できる。
「酷いなあ。あ、そうだ。及川にプレゼントがあるんだ」
「え?」
ビックリ眼の及川なんて珍しくて、一本取ったみたいな気になる。
及川がリボンを解いて取り出したのは、カバのぬいぐるみ。
「2年間、よくも毎日カバカバってバカにしてくれたわね。今日からはこの子に向かって言ってやって。何だったら部活のマスコットにしてよ」
コーラス部のローレライと呼ばれた私に、「大口開けてカバみたいですね」なんて言ったのは、こいつが最初で最後だ。
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