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見合いから数週間が過ぎ、季節は冬の終わりを迎えていた。
あれから互いの合意を得た僕たちは、かなり微妙な距離感のまま慌ただしく式の準備を始めていた。
今日は郊外の式場の下見だ。
車という密室で彼女がどう反応するのか意地悪してみたくなった僕は、さきほどからわざと黙っている。
「……」
「……」
いったいこの沈黙は何分間まで記録を伸ばすのか。
彼女は隣で石仏のように固まったままだ。
最初は面白がっていた僕も、バッグの持ち手を握りしめる彼女の両手に血管が浮くほど力が入ってきたのを見て、さすがに可哀想になってきた。
「そんなに緊張しなくても、いきなり取って食べたりしませんよ」
ところが「食べる」がまずかったらしく、彼女の身体がヒクッと震えて、それからバッグを楯のようにそろそろと胸に引き寄せた。
どうやら彼女を懐柔するには思ったより道のりは遠いらしい。
式までに間に合うのかも疑問だ。
それもなかなか刺激的だなとほくそ笑む、かなり下衆な自分を発見する。
心はともかく、結婚という縛りでとりあえず彼女を捕獲した僕は、 じっくりと時間をかけるつもりでいた。
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