3215人が本棚に入れています
本棚に追加
「あの……」
しばらくすると、彼女がバッグを抱き締めたまま意を決したようにこちらを向いた。
蚊の鳴くような声を拾いあげようと、思わず耳を傾ける。
「車、素敵ですね」
そう言った瞬間、彼女はバッグに顔を埋めるように身を縮めた。
何やら後悔しているらしい。
「ああ…友人がディーラーなので、全て任せてるんです」
実は車にあまり興味はないけれど、せっかく彼女がひねり出した話題なので引っ張る。
「だから彼にとって僕はいいカモってところですね」
彼女は車の中をぐるりと見回した後、疑り深い目を僕の横顔に向けてきた。
僕のことを嘘吐きの成金野郎とでも思っているに違いない。
誰かのせいで、とにかく僕は悪人スタートなのだ。
「あまりこだわりはないですよ。どれも似たようなものでしょうから、頑丈で故障がなければ」
言い訳がましく付け足してから、ふと今後のことを考えた。
彼女にはこの車は似合わない。
帰国後は違うタイプの車にするか……という問題より、どう見ても鈍臭そうな彼女は、果たして運転できるのだろうか?
最初のコメントを投稿しよう!