彼女の拒絶

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彼女が電話に出ないのは初めてのことだった。 ちょうど風呂に入っていたとか、そういう事情なのかもしれないけれど、今日に限ってそれはない気がした。 “着いたら電話するよ” 僕からこの時間帯に電話があることは彼女も分かっていたはずだから。 明日改めて電話するとメールを送ったのに、また電話したくなるのは心に沸き上がる嫌な予感のせいだろうか。 余計な憶測で埋め尽くされていく思考と戦っていると、手の中で不意に響いた電子音に飛び上がる。 『おはようございます、黒木主任。長旅お疲れさまです』 「……水野か。おはよう」 迎えに来た同行の現地駐在員の声に落胆する自分が情けない。 仕事しに来たというのに。 『何だか声に元気ないですねぇ。僕、もうロビーにいるんで!』 「早すぎるんだよ、来るのが。すぐ降りるから」 ぼやきながら電話を切り、必要な書類を確認しながら雑念を払う。 ここでしっかり成果をあげなければ、五月六月の休日は壊滅してしまうんだから。 帰りたければ集中しろ。 そう言い聞かせて溜め息をつき、部屋を後にした。
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