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マンションまでの道は西陽でオレンジ色に染まっていた。
夕方の混み合う通りを縫うように走りながら彼女に電話したけれど、やはり出ない。
これからどうする?
タイミングよく到着したエレベーターに乗り込み、息を切らしながら十二階のボタンを連打した。
とりあえず車で彼女の行きそうなところを当たってみるしかない。
ポケットから彼女が作ってくれたキーホルダーを取り出した。
失敗したとしょげた顔を思い出すと、次々と彼女の表情が鮮明に浮かんできて胸を甘く締め付ける。
からかった時の拗ねた顔、ドレス姿でおずおずと僕を見上げるはにかみ笑い。
十二階への到着を知らせる電子音で感傷を止め、走り出す。
焦りのせいで鍵が引っ掛かったので、すぐ出るからと差しっ放しでドアを開けた。
当然ながら、彼女の靴はない。
落胆しながらリビングへ急ぐ。
今朝、猫のケージを取りに行って帰ってきて、僕はどこに車の鍵を置いたんだ?
今となっては遥か昔のことに思える今朝の記憶を辿り部屋を見回した僕は、サイドボードに投げ出した鍵を見つけた。
部屋を出ようとして、ふと振り返る。
今見た光景の何かが、僕に異変を──致命的な異変を知らせていた。
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