2806人が本棚に入れています
本棚に追加
「あの、勝手に入っちゃってごめんなさい。その……ご飯作って待ってようかなと思って」
彼女は少し吃りながら泣き笑いのような表情を浮かべ、床を指差した。
ご飯を作って待つ……?
西野円香の電話から始まったこの悪夢のような数時間は、僕の白昼夢だったのだろうか。
予想外の言葉に、僕は事態が飲み込めず彼女が指差すまま床を見た。
床には彼女が驚いて落としてしまったらしく、いっぱいに膨らんだ買い物袋二つが横倒しになり、レタスやパンが飛び出して転がっている。
「えっと……玉子割れちゃったかも」
あまりに場違いな台詞に泣き笑いしたくなる。
とにかく、彼女がここにいる。
それだけで僕はいっぱいだった。
「いなくなったのかと思った。電話も……アパートにも」
口にすることを選ばなければ、彼女の過去も僕の過去も、すべてを明かし合わなくてはならなくなる。
「僕が……慎重になりすぎたせいで」
なのに、後悔と安堵と彼女への愛しさが込み上げて、言葉をコントロールするのが難しかった。
最初のコメントを投稿しよう!