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「……手遅れかと思った」
しばらくして幾分か落ち着きを取り戻した僕は、彼女の髪に顔を埋めたまま呟いた。
愛しさに比例して、後悔と不安が募る。
抱き締めていてもまだ苦しかった。
「指輪が返されてたから」
彼女は一度、僕に別れを告げることを決意していたはずだ。
僕に呆れ、桐谷に揺れたとしても仕方がない状況だ。
「えっ?」
でも、意外にも彼女は驚いた様子で、僕の胸から顔を上げた。
「違います!あれは……あれは、その……眺めてたんです。きれいだなぁって」
口ごもり、目が泳ぐ。彼女は嘘が下手だ。
「だからその……お引っ越しは、まず指輪からと思って」
これはきっと彼女が僕のためについてくれる優しい嘘。
だって頬が荒れるほど泣いていたんだから。
幾筋も頬に残る涙のあとを、そっと撫でる。
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