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「俺もまぜてくれへんかー」
陽気な関西弁に呼ばれて目を向ける。今は昼休みで、俺と永礼は大学の中庭でくつろいでいた。
「あれー、センパイどうしたのー?」
答えるのはキーの高い声のとぼけた口調の、いつもの人前用の永礼だ。
「ちょっとな、暇なんや」
許可を求めておきながら応答は待たず、先輩は永礼の隣に腰を下ろす。
結城先輩。俺自身はそこまで面識はないが、永礼のことを気に入っているらしく、二人が一緒にいるのは何度か見かけたことがある。三人とも理学サークルとかいうよくわからないサークルに形の上では入っているのだが。
「……」
無言で視線の圧力をかけられる。もしかするとわざとではないかもしれないが、物を見定めるようなその眼差しにいつも気圧されてしまう。
苦手なんだよな、この人。それに、向こうも俺を良くは思っていないはずだ。証拠とかはないが、そういう感じがする。
隣では昨日俺が永礼にした説明を、永礼が先輩にしていた。それはもうへらへらした言い方で。
一通り説明を聞いた先輩がふむふむと頷いて俺を見た。
「なんや図々しい女と付き合っとんな。はよ別れたらどうや?もっと楽な奴はいっぱいおるやろ」
他意はないのだろう。そう言う顔には「訳わからんことで悩んどんなー」とはっきり書いてあった。
「ひとの彼女をそんな風に言ったらだめだよー。好みは人それぞれなんだしー」
永礼がフォローを入れるが、なんというか、後の方はいらなくないか?先輩に同意しているようにも聞こえるぞ。
先輩の目が真正面から俺を見据える。
「相手の喜ぶことがわからんっていうのはな、所詮相手にその程度の興味しかないっていうことや。本気でもないのに付き合わされる相手も可哀想や」
お前は誰でもいいんとちゃうか?と締めくくられて返す言葉を失う。完全に否定できないのは、たぶん俺の性癖のせいで、そしてそれに開き直っている俺の性格のせいで。
絶句する俺には興味を失ったように、先輩は永礼に向き直った。
「そや、さっき河原教授が探しとったで。今度のレポートがどうとか」
「え?それ先に言ってよー。じゃあね綾瀬」
慌ただしく手を振って校舎へ駆けていく永礼とそれについていく先輩を、俺は沈んだ気持ちで見送った。
***
「ごめん、もう一回いい?」
つい思考にのめり込んでしまった俺に気を悪くすることもなく、永礼は繰り返す。
「この前共同で出したレポートに修正が必要みたい。だけど僕は二十三日しか空いてなくて、でも君はその日はだめでしょ?どうしたらいいかなと思って」
むー、と唸っている永礼の表情を窺う。他の日は大切な用事があるのかもしれない。俺の都合ばかり主張してもな、と罪悪感が芽生える。特に永礼は、俺が電話を一本入れるとどこにいても駆けつけてきてくれるし、俺の気が済むまでどんな無茶を言っても付き合ってくれるのだ。
「二十三でいいよ。梨沙には言っておくし。それに、お前にはいつも合わせてもらってるし」
「ほんとにいいの?」
「ああ」
「――ありがとう」
永礼の申し訳なさそうに眉を下げる顔は鮮明に覚えている。
今思えば、ここで俺の人生は大きく曲がったのだ。
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