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カーテンから漏れる朝日で目がさめる。
時計を見ると針は六時を指している。昨日は久しぶりに早く寝たから、早く目が覚めてしまった。たまには朝食も作ってやろうか、なんて気まぐれを起こして寝室を出る。
生活時間の違いから、いつの間にか朝は永礼が作り、晩は俺が作ることが多かった。
大学院を卒業し一般企業に就職した永礼と、院に残って研究を続ける俺とは自由度が違う。なんてことを本人に言えば、僕は単原子分子理想気体だから自由度が三しかないんだ、とかわかりづらいギャグをぶちこんでくるのだろう。
鍋に水を注いで火にかける。フライパンに油を敷き卵を割り入れたところで、ふらりと現れた人影。
「おはよ……!?」
声をかけようと顔を向ける前に、背後から包み込まれる。首筋に触れる吐息に脈拍数が急上昇し、体が強ばる。
――脳裏をよぎる梨沙の言葉。
緊張する俺とは反対に、永礼は左手でフライパンの柄を掴み、右手で卵を割り入れて離れていった。
「――っ。普通に入れろよ」
抱き締められたかと思った。俺ばっかり意識して振り回されて、ほんと馬鹿みたいだ。遊ばれてんのかな。
「ごめんねー」
笑いながら謝罪を口にする永礼はいつも通りで、悪いと感じている様子は全く見受けられなかった。
それからあいつが出勤するまで、平常を装うのに神経を磨り減らした。
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