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綾瀬流生side
一日中集中していたせいか、頭が重い。リビングのソファに寝そべって目を閉じる。
がちゃ、とドアが開く音。今日は早いな。
「ただいまー。どうしたの?どっか調子悪い?」
鞄を置いてスーツを床に脱ぎ捨て、心配そうな顔で覗き込まれる。
スーツか。もうすぐ夏だし暑いだろうな。わずかに汗ばんだ手を額に当てられる。
――熱い。こいつの手が。
「熱はないね」
そのままどこかへ行こうとする永礼のシャツを掴んで引き止める。
「なあ、運んで。ベッドまで」
お前は俺をどう思ってる?俺はどうすればいい?
シャツを握る手を優しく外し、微笑みながらお前は言う。やんわりとした拒絶。
「個人の部屋は立ち入り禁止でしょ。自分で行きなよ」
俺の手首を掴む手を逆に掴み返す。
「お願い――」
そのまま手を離さないでいれば、諦めたように嘆息する。
背中と膝の裏に腕の感触。次いで浮遊感。百八十センチある男を軽々運ぶなんて凄いな、と自分から言い出しておいて考える。
――何か考えないとこの姿勢がいわゆるお姫様的なものであることに気がついてしまう。
躊躇なく部屋の扉を開けて入っていく永礼の腕の中で揺られる。ベッドと黒板があるくらいでほとんど物のない自分の部屋では躓く心配もない。
そっと、布団に下ろされる。
目が合う。
腕を伸ばして頬に触れる。
そのまま柔らかい檸檬色の髪を梳いて、頭を引き寄せる。
ベッドが、軋む。
片手をついて俺に覆い被さる永礼の真剣な顔。
近づいてきて、目を閉じる。
額に軽く何かがぶつかって目を開けると、永礼は出ていくところだった。
「早く寝なよ」
扉を閉められて、部屋は暗闇に沈む。頭突きをされたのだと気づいて額をさする。
「――」
目を閉じる前に見たあいつの顔。
そこにあったのは紛れもなく、俺に対する「色」だった――。
翌朝、早く起きたにも関わらず、問いたい相手の永礼は既にいなかった。
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