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 二度にわたり学校から抜け出すタイミングを逃してしまい、くそ真面目に一限目を受けている。  年老いた現国教諭の話す内容は御経より難解で、寝ている者が多かった。俺だっていつもなら即寝る。しかし今は寝付ける状態じゃなかった。  学校に居る時はだいたい空気のように扱われるのに、今日はあちこちから視線を感じる。  今の俺を見て笑う者が一人でもいたら椅子を投げ倒して教室を出て行けただろうに、悲しいかな感じる視線はどれも疑い、戸惑い、不安に眉を寄せたものばかりで調子が狂う。  この不安はなんだろう……。彼氏持ちや所帯持ちの女と関係を持った時さえこんな不安は感じなかった。  高幡順平の言葉はすべて虚言であり、俺は何一つ信じちゃいない。  付き合っているだって? まだそんな戯言を言っているのか。  自分に都合の悪い事はすぐに忘れる方だ。世の中は嫌な事だらけだから忘れる事の方が多い。そういうふうにずっと生きてきた。  傷を負ったあの日の出来事を完全に忘れた訳ではないが、記憶の奥へ押しやり、気にしないよう、思い出さないようにしている。  しかしドレッドヘアのサクラが最後に残した一言だけは頭の片隅から離れなかった。  ーーー『アイツを甘くみない方がいいよ』。  アイツとは、俺の嫌いな高幡順平だ。  後ろから見える高幡順平は、机に伏せて寝ることなく老年教師のつまらない説明をちゃんと聞いているようだった。  頭の中がスッカラカンのような顔をして、奴はいったい何を考えているのだろう。さっぱり分からない。  授業も半ばに差し掛かった頃、ふとある考えに至った。なんで俺が高幡順平のことで悩まなきゃいけなんだ。冗談じゃない。  ……次こそは絶対に逃げてやる。それだけを心に決めて机に伏せた。
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