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男はすぐに気を取り直し、馴れ馴れしく肩を寄せてくる。
「覚えてないならいいや。ところでどうよ、その後は」
「…………」
質問の意味が分からない。黙ったまま睨みつけるが、男は意に介さず下衆な笑みを浮かべて俺の回答を待っている。
肩に乗った男の手を無言で払い、校舎に急いだ。
「なんだよ。少しぐらい教えてくれたっていいじゃん。二人して勿体つけんなよ」
男は文句を言いながら後ろにぴったりと付いてくる。
しつこい。ウザい。なんなんだこの男は。
逃げるようにして校舎の入口に差し掛かったとき、前方で立ち止まる女子の集団が俺と男のやり取りを好奇の目で見ていると気付いた。ますます気味が悪い。
気後れして歩幅が狭まったとき、今度は後ろから手首を掴まれ、進行方向とは逆の方に引っ張られた。胴体が捻じれ、足が縺れる。
「なっ……!」
誰何を上げようとして息が止まった。
一瞬だけ見えた横顔は険しく、風を切る肩や大きな背中は他を寄せ付けない負のオーラに覆われている。
捕らわれた手首がチリリと痛み出す。
手を振り払ってすぐにでも逃げなければならない。頭では分かっているのに出来なかった。今、高幡順平と意思の強さの比べ合いをしたら俺はこてんぱんに負けてしまう。そんな気がしてならない。
登校してきた生徒達が俺達を見ていた。声を掛けてきた男は驚きとも喜びとも取れるような歓声を上げ、俺の不安を更に煽る。
まるでサーカスだ。何が起こるか分からない予測不能な大劇場。俺だけが混乱し、目を回し、慌てふためき、みんなの笑い者になっている―――。
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