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音楽室や図書室等が集まる別館は、教室のある校舎とは違って人の気配がなく静かだった。
建物の裏まで引き摺られた俺は、日の当たらない湿っぽい壁に背中を押しつけられた。
「何を考えてんの?」
高幡順平は壁に両手をつき、開口一番にドスの効いた声を放つ。
いつもヘラヘラ笑ってばかりいる男が眦を吊り上げ本気で怒っていた。
「なんで電話に出なかった?」
携帯に残っていた不在着信の5件中4件は高幡順平だった。分かった上で俺は黙殺した。
なんでと聞かれたら答えは決まっている。お前からの電話なんて出たくないから。でも高幡順平の気迫が恐ろしくて安易に口を開けない。
「途中から電源切ったよな。なんで?」
なんでと聞かれても……。
体裁を守るような言い訳は用意していなかった。そもそも言い訳なんて必要ない。学校をすっぽかそうが、携帯の電源を切ろうが俺の自由だ。誰からも責められる義理はない。
高幡順平から視線を外して下を向いた。
「瑠珂―――」
ふいに名前を呼ばれて肌が粟立った。
「俺はお前のなんだ?」
---なんだって……、なんだろう。
クラスメイト。ただの同級生。できれば他人で通したい。関わりたくない。視界の中に入ってくるな。近付くな。話しかけてくるな。お互い知らない者同士で……、それが一番平和じゃない?
いくつか考えてみたが、どれも軽はずみに発言できないものばかりだ。
正直者の俺の頭には嫌いという文字が並び始める。
嫌い、嫌い、嫌い、大っ嫌い。その単語しか浮かばなくなる。
もう一押しされたなら俺は正直に答えていたかもしれない。
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