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サヤカは思い出したようだ。しかし自分には関係ないと決めつけている瑠珂はすでに玄関で履き慣れた黒のエンジニアブーツに片足を突っ込んでいた。
「瑠珂―、再来週の日曜日はこの部屋を引き払うから用意しておいてね」
「!?」
「ちょっ、サヤカさん。決定事項で伝えちゃダメだよ。物事はちゃんと順序立てて説明しなきゃ……」
ミツルが言い終わらないうちに玄関でゴトンと大きな音がした。そして薄い床板をドンドン鳴らして瑠珂が戻ってくる。
「引き払う!!? なんだそれ!?」
瑠珂がダイニングテーブルに両手を打ち付け、天板が大きく揺れた。
「ヤダー、またはみ出た!」
「おい、くそババア。引き払うってなんだ!? 冗談じゃねえぞ!」
「る、瑠珂くん。落ち着いて話を聞いて……」
ミツルが椅子から立ち上がると、ネクタイの結び目を瑠珂に鷲掴みされる。
「お前らがガキを作ろうと、籍を入れようとどうでもいいんだよ。今までどおり勝手にしてくれ。でもな、俺を巻き込むな。なんで俺がアンタ達に振り回されなきゃいけない」
瑠珂はミツルをきつく睨み付けながら息切れするほどの剣幕で捲し立てた。感情的になりながら、瑠珂は困惑するミツルの目を見ているうちに口を閉ざしてしまう。
(不満も文句もまだあるだろうに、この子はすぐに我慢をする。我が儘を言わず、理解よく振る舞うことに慣れてしまっているんだ……)
瑠珂の隠れた内面に気付くことが出来るのは、ミツルもまた母一人、子一人で育ったからだ。母を困らせるようなことを言ってはいけない。それは頭で考えるのではなく、本能的にストッパーが作動する。
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