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瑠珂は息を整え冷静を装ってからサヤカを見下ろした。
「とにかく部屋を引き払うのは反対だ。ミツルと暮らしたいならアンタだけ引っ越せばいいだろ」
瑠珂の意思はハッキリしていた。何を言っても説得は無理そうだ。
(さすがに急すぎたか……)
ミツルは諦めかけた。すべてが順風満帆に進むとは思っていない。結婚すると決めたミツルでさえ時間の進む速さに戸惑っているのに、前触れもなく親の妊娠と結婚を告げられた瑠珂が冷静でいられるはずがない。
ミツルは瑠珂の心情を察して遠慮する。けれど実の母親であるサヤカは違った。
「アタシだけ引っ越してアンタどうやってココの家賃を払っていくのよ」
(嗚呼、サヤカさん。なにもこんなタイミングで現実的な事を言わなくても……)
「…………」
瑠珂は怖い顔のまま黙り込んだ。
「あとね、このアパートは今年中に取り壊すみたいよ」
「ア゛!?」
「今月この部屋の更新なのよ。でも引っ越しの日が決まらないから大家さんに相談してみたのね。そしたら、どうせ1年以内に建替えるから退去はいつでもいいよって言ってくれて」
「…………」
瑠珂がショックを受けている。
「大家さん夫妻はご高齢じゃない。お子さん達に後をお願いするにしてもこんなボロアパートには誰も興味をもたないから、元気なうちに建替えを考えていたんだって。この中で一番長く借りてる私達が出ていくって言ったから決心がついたみたい」
「一番長く住んでるのは隣の婆さんだろ!」
瑠珂が玄関方向の壁を指差す。サヤカが「そうだっけ?」と首を捻るので、ミツルがすかさず割って入った。
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