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「そちらの部屋は今、文系大学院生の男性が住んでる。お婆さんは俺より前に高齢者マンションに引っ越されたよ」
「そうなの? どうりで最近壁を叩かれないわけだわ」
「ちょっと待て! なんでアンタが俺達より詳しいんだ!」
瑠珂に怒鳴られてミツルは口を閉ざす。
(この部屋に居候させてもらっていた間、両隣、下階数軒と挨拶や世間話をしたことがあるなんて、口が裂けても言えない……!)
「どっちにしてもこの部屋に住み続けるのは無理よ。諦めなさい」
サヤカは勝ち誇ったように締めくくる。瑠珂が引っ越しに反対することも、一人だけ残ると言い出すことも始めから分かっていたような落ち着きぶりだ。
瑠珂は項垂れながら額を押さえた。
「………引っ越し先って、どこ?」
その一言でミツルの視界はパァと明るくなった。
「八王子よ」
サヤカが簡素に答える。
瑠珂が「八王子……」と復唱した後に、「△△駅」と付け足した。
「どこだそれ? 聞いたことのない駅名だぞ」
途端に瑠珂が渋顔になった。
「ここから電車で30分ぐらいかしら」
ミツルは何度も頷いた。そう遠くないでしょ? と言いたげな顔だ。
しかし瑠珂は真顔で首を横に振る。
「いやいや、有り得ないから。学校まで1時間以上かかるってことだろ?」
「引っ越し先は駅前にある鉄筋コンクリート造4階建の最上階だよ。築30年は経っているけど水回りは一新、フローリングも壁紙も全部リフォーム済みの2LDK!」
ミツルは猛烈アピールを始めた。今よりも住環境が良くなると分かれば魅かれるはず。しかし当の瑠珂はまったく興味を示さない。
「部屋を引き払うのって延ばせるの?」
「アンタが頼めば1年ぐらいは延ばしてもらえるんじゃない?」
サヤカのいい加減な返事に、瑠珂は真剣に考え込む。
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