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「1年か……。あと2年あるしな……」
「瑠珂くん、何を考えてるの? 学校から遠くなるけど通えない距離じゃないし、瑠珂くんにはちゃんと一人部屋を用意するから」
必死のアピールを続けるミツルに、瑠珂は冷めた視線を投げた。アーモンド型の目が値踏みするように細められている。
「そうやって気を遣われたり、気を遣ったりするのが嫌だから引っ越したくないんだけど」
ミツルは姿勢を正し、スーツの上着を下から引っ張って気合を入れ直す。
「気を遣ったりしないよ。瑠珂くんは今と同じように……。いや、今まで以上に伸び伸びと生活してくれればいいし!」
「つーか、なんでスーツなの? アンタ植木屋だろ?」
妊娠、結婚、引っ越し、これらの承諾を得るためミツルは正装してきたのだが、見慣れない瑠珂にはトンチンカンな装いにしか見えない。
「植木屋の収入でコイツとガキを養えるのか?」
瑠珂は疑わしそうな目をしながら遠慮がちに聞く。一応はミツルに気を遣っているのだ。
久しぶりにミツルの口元は綻んだ。ここ数週間の緊張がするすると解け、商談が成立する直前の確かな手応えを感じた。
「サヤカさんとお腹の子供はもちろん、瑠珂くんもちゃんと養っていくよ」
ミツルの言葉に迷いはなかった。ポカンとする瑠珂とサヤカに見つめられ、ミツルは急に照れ臭くなる。しかし数秒後には瑠珂の怒号によってくすぐったい余韻はあっけなく吹き飛ばされた。
「お前の情けは絶対受けない! 俺は一人でも生きていくっ!」
「エーー!?」
「瑠珂の方がプロポーズ受けてるみたいで妬けちゃう。私にも言ってよ」
「後で言うから今は待って。瑠珂くんを説得する方が先だから」
「丸め込むの間違いじゃない?」
「サヤカさん、お願い黙って。もう少しだから」
大人達の遣り取りを見て瑠珂は絶叫した。
「勝手にしろって言ってるだろ! 俺を巻き込むな!!」
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