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「思いつきでもいいじゃない。どうなるか分からない先の事を考えて怖がっても仕方ないし。生きる気力があれば人生は何度でもやり直せるものよ」
サヤカは不敵に微笑む。
瑠珂の指摘どおりいい加減で無責任な発言であるが、それでもミツルの心は揺さぶられた。
「ちょっと眠くなったから横になるわ」
サヤカは椅子から立ち上がる。しかし、歩き出してすぐに口元を押さえた。
「サヤカさん!?」
「大丈夫。なんでもない」
サヤカは気丈に振る舞う。駆け寄るミツルを止めて自室に消えた。
(俺は何もできないな……)
ミツルがキッチンに戻ると、そこに瑠珂の姿はなかった。コートもショルダーバックも消えているので出掛けてしまったようだ。
静かになったダイニングテーブルの椅子に腰掛けるミツルの背後で、玄関のドアが開いた。
「おい」
瑠珂の声がする。
ミツルが玄関に出ると、防寒ばっちりの瑠珂がドアからペットボトルを差し出した。
「俺はバイトに行く。アンタは好きにしろ」
ミツルが受け取ったペットボトルは手がかじかむほど冷たかった。
「あの、瑠珂くん……」
引き止めてもミツルから言葉は出てこない。大人の都合を押し付けている自覚、その犠牲になるのはいつも子供だと分かっているから、ミツルは遠慮してしまう。
「再来週の日曜だよな。バイトのシフトを調整して後で連絡する」
「え、あ……」
ミツルが返事をするより早く、瑠珂はドアを閉めてしまった。外廊下の足音が遠ざかる。
ミツルはペットボトルのラベルに視線を落とし、口元を緩めた。
(ありがとう……)
レモン果汁の入ったスポーツドリンクを届けるため、ミツルはサヤカの部屋の襖をそっと引いた。
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