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会社のなかで父親とミツルの関係は伏せていた。父親にはキレイで優しい奥さん、大学生の長兄、高校生の次男と長女がおり、ちゃんとした家庭を築いている。ミツルに素性を晒す気はまったく無かった。
職場の先輩達は明るい人が多く、みんな生き生きと働いている。そんな環境を提供している父親に、ミツルは尊敬の念が大きくなる一方だった。
就職した2年目の秋、母親が急逝した。脳出血だった。正月もお盆休みも電話をするだけで帰らず、「次の正月ぐらいは一緒に過ごそうか」なんて話していた矢先のことだった。
同僚や友人に励まされてミツルは立ち直ることができた。自分を必要としてくれる仕事や仲間があることは大きな支えだった。
「会社のために」それだけの思いでミツルは身を粉にして働いた。仕事をしながら勉強して資格もたくさん取得した。会社は実力と成果に見合った手当を与えてくれる。ミツルは満足していた。
母の死から5年後、29歳のミツルに再び大きな転機が訪れた。
社長が逝去した。仕事中に倒れ、意識が戻らないまま7日後のことだった。
死因は脳出血。ミツルの母親と同じだった。
梅雨の始まりだったこともあり、悲しみの雨は1ヶ月近く続いた。そんななか社長が生前に残した遺言状が波紋を起こした。
遺言状の財産分与にミツルの名前が記されていた。顧問弁護士の話では「二ヶ月前に遺言状は書き直されたが、財産分与について変更点はなかった」という。つまり、何年も前から社長の遺言状にはミツルの名前があったということだ。
直近で書き直された点にはこうあった。「長兄とミツルが協力して会社を盛り立ててほしい」と。
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