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 高幡順平の家から駅までは知らない道だったけれど、交差点を2回曲がるだけの簡単な道だった。  ジェットコースター並の荒い運転をするかと思えば、平坦な道はゆっくりと進む。高幡順平の気まぐれな性格そのままで、駅までの道のりは更にゆっくりだ。  改札に一番近いところで止まる。俺は自転車から飛び降りて、高幡順平に預けていたバックを受け取るけれど、なかなか動き出せずにいる。  お礼も別れも自分からは言い出しにくい。それを知ってか知らずか、高幡順平は何も話そうとしない。  こういう時は何を言えばいいのかな。考えてみるが、どうしたことか女の声しか思いつかない。掌を緩く横に振り、甘い声で「またね」なんて言ったら即死する。  俺は真剣に考え込んでいるのに、高幡順平は隠れて吹き出した。何も無いように知らんぷりをするが、目が完璧に笑っている。  俺が責めるように見つめたせいか、高幡順平は観念するように肩を竦めた。 「じゃあ、また明日」  教室内で飛び交う声を思い出す。なんだ、それだけのことか。  ポカンとする俺の頭を、高幡順平は荒っぽい手つきでくしゃりとかき混ぜた。  笑ったり、不機嫌になったり、ほんの少し寂しげだったり、変化する顔を思い出してぼんやり眺めているうちに、高幡順平の手は優しく俺の髪を撫でていた。  ほんの一瞬だけ高幡順平に触れてみたい衝動が起きた。頭の中ですぐに消去したから気付かれてはいない筈だ。  だからという訳ではないが、高幡順平の手を振り解くことが出来なかった。  言葉や感覚、価値観の通じ合わない人間と会話はできないと思っていた。やるだけ意味が無いと、初めから諦めている。  言葉の通い合わない世界では何も起きない、何も始まらない、変化なんて期待できない。  本当にそうだろうか……。俺は初めて疑問を抱いている。  今、高幡順平と言葉のない会話をしていた。それは穏やかすぎて壊しがたい心地よさがあった。
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