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「それじゃあ、あそこの蕎麦屋さんなんてどうですか?」
「おそば…?」
彼女の口角がピクリと動いた気がした。
「…?蕎麦嫌いですか?」
「べつに!し、仕方なく付き合ってあげるわ!」
彼女はまくしたてるようにそう言った。出会って数時間だというのに、まるで彼女の心の内が手に取るようにわかる気さえした。まあ、何度も言うが俺が一方的に記憶を無くしているだけなのだが。
「ほかに食べたいものがあるなら言ってくださいよ。」
どんな反応が返ってくるのか俺自身わかっているにもかかわらず、そんな意地悪な質問をしたくなってくる。それほどに夏梨さんの可愛さはハンパない。
「それでいいって言ってるでしょ!」
予想通りというか、その反応を待っていたというか。彼女はやはり顔を赤くして、足早に俺の目の前を歩き始める。内心どころか顔中ニヤニヤしながら、だけどそれは悟られないように俺は彼女の半歩後をついていく。
なんだろう。この感覚。
彼女のことはやっぱり可愛いと思うのに。俺が今感じている心地よさは、何となくだけどその類のものではないような気がした。
店に入った瞬間、彼女はかぶりつくようにメニューを見て、10分ほど悩んでやっとの思いで注文を終える。
そして、待つことさらに10分。彼女の注文したざるそばに少し遅れて、俺の注文した天ぷらうどんがやってきた。
「…記憶は無くても好きなものは変わらないのね」
「え?俺ってうどん派だったんですか?」
「そうよ。私は完全にそば派だから、よく二人で言い合いしてたじゃない」
ずずっとそばをすする夏梨さん。なかなか見事な食べっぷりだ。
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