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「待て!」
エメロの声が後ろで響き、狭い路地の壁に氷の手足が勢い良くのびる。
「くっ!」
俺はとりあえず、ゴーストに言われた通り次の角を右に曲がった。
「次を左で、その次を真っ直ぐ進むと、ゴミ箱があります。その中に入って下さい」
釈然としないものを感じながらも、背中の指示通りにうねうねと曲がる路地裏を進む。
エメロとマツリの焦り声が離れた壁の向こうで聞こえた。俺達の姿を見失ったようだ。ゴーストは住人だけあってさすがに道に詳しい。日頃この意味不明な迷路にはうんざりしていたが、今ほど街が迷宮で良かったと思ったことは無い。
ゴーストが指示した鉄製のゴミ箱に飛び込むと、そこには地下に降りる梯子があった。迷宮街にはこのように、あちこちに地下に向かう入り口が隠されている。梯子を下り、白い蛍光灯に照らされた狭い通路に降り立った時、頭上を二人分の足音が通り過ぎるのが聞こえた。
俺は、ようやく息をつき、背中の荷物を投げ捨てた。
「あいたっ。いきなり何するんですかっ!」
「お、すまん。大丈夫か?」
「……あ、ええ、まあ」
「いや、お前じゃなくて、俺の身体は大丈夫か?」
「……む。仕返しですね。性格悪いですよ」
「犯罪者に言われたくねえ」
言い捨てると、ゴーストは不敵な笑みを漏らした。
「ふふふふ。いいんですか? そんなことを言って。なんとなく状況がわかってきましたよ。今はレドさんも追われる立場なのでしょう」
「ぐっ、お前っ………」
追う者と、追われる者。その身体が入れ替わり、今は二人ともが追われる身となった。
突如降ってわいた理不尽すぎる状況に、俺はぎりぎりと歯噛みする。 ギロリとゴーストを睨みつけ、ふと疑問がわいた。
「……ん? そういえば、なんで俺の名前を知っている?」
名乗った記憶はないし、エメロ達と話していた時は、こいつは気絶していたはずだ。
「背負われて逃げている時に、内ポケットの身分証を見ました」
「はあ? 勝手に見るなよ」
「ふふふ。まあ、いいじゃないですか。私達は魂の兄弟。一蓮托生という奴です」
俺の顔のゴーストは何故だか嬉しそうに語り、大きな鳶色の瞳を開いてニパリと笑った。
「私はソネット。ソネット・バークレイといいます。
――ようこそ。迷宮の街へ」
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