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1.
「着きました。どうぞ入って下さい」
ゴーストは笑顔でそう言うと、恭しく右手を挙げて俺を促した。
エメロ達の追撃を逃れた俺は、ゴーストの先導に従ってしばらくの間地下通路を進み、壁にヒビの入った一軒の家屋の前に立っていた。くねくねと道を曲がったせいで現在地は良く分からない。確かなのは、ここが地下一層ということだけだ。
俺が立つ薄暗い通路は、幅、高さとも三メートルほど。西日でローストされた地上と比べると、辺りはひんやりとしている。足下は剥き出しのコンクリートで、その中央を走る溝の中を赤錆混じりの水がちろちろと流れている。床と同色の無機質な壁に、二つの割れ窓と変色した木の扉が四角い口を開いていた。
「おい……ゴースト。ここは……?」
「………」
無言。
「おい! ここはどこだ? ゴース……、じゃなくて……ちっ。ソネット」
「んふふふ。それでいいんです。ここは私の家ですよ」
言い直した俺に、ゴースト、いやソネットは口の端をにぃっと上げた。曰く、自分には素敵な名前があるんだからそれで呼べと。呼ばなければ返事をしないとぬかす。
「お前の名前なんて心底どうでも良いがな」
「あっ! またそういう事を。レドさんも自分の身体の名前くらい知っておくべきです」
「あくまで一時的だ。すぐに元に戻って監獄送りにしてやる」
俺の言葉にソネットは不満気に唇を突き出した。
その仕草が黒髪の童顔に意外に合っている。それが、無性に腹が立つ。思わず手が出そうになるが、自分の身体は傷つけたくない。何だ、この理不尽なジレンマは。
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