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「では、いただきます!」
両手を合わせたソネットが元気良く宣言する。
俺達二人が囲む小さなスチール机の上には、二切れの薄いパンと、しなびた野菜のサラダ、それに小さな肉片の浮いたスープが並べられていた。
家に入った後、そそくさとキッチンに立ったソネットが用意したものだ。ちなみにクマのアップリケ付きの花柄エプロンを使おうとしたので全力で阻止しておいた。そんな姿の自分を見たら俺はショックで死んでしまうだろう。
「……しかし、随分と質素な飯だな」
食卓を眺めた俺がつい正直な感想を言うと、ソネットは薄い眉をキッと寄せた。
「何を言っているんですか! これでも奮発した方です。そんなことを言う人にはあげませんっ」
「あっ、お、おいっ、ちょっと! ちっ。わ、悪かったよ」
食器を下げようとするソネットに慌てて言った。質素であっても空腹なのは確かだ。俺をじとっと睨んだソネットはゆっくり食器を戻すと、フォークをカチャリと置いた。
「……私はまだ良い方なんです。修理で貰ったお金もありますから。この街では満足に食事ができない人達がいっぱいいます」
そう零した俺の顔が、悲しげに目を伏せる。
迷宮街では、マフィアや一部の悪徳業者が歓楽街や不法取引で莫大な利益をあげる一方、多くの住民が明日の食事すらままならない状態だと聞く。だが、そんな住民達の中でも、ソネットのように地上近くに住む者達はまだ良い方だ。外部との関わりを持つ者も多いし、季節の変化を感じながら生活することもできる。
しかし、地下七層からなるこの迷宮街で、特に地下の三・四層に住む者達の貧困は深刻だ。日の光すら届かぬ地の底で、生きる気力も失い、ただ死が訪れるのを待つのみだという。
ちなみに、これが更に地下五・六層までいくとまた様相が変わってくる。このエリアは司法の網を逃れたい悪党共の巣窟になっている。地上では行えないような取引や、異常なレートで賭金が動く闇カジノが存在し、特対の標的が最も多く潜伏するのもこの層だ。
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