第二章 迷宮の街

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「そりゃあ何だ?」 「あの。……迷宮街の最深層に連れて行って欲しいんです」  神妙な声でそう告げ、鳶色の瞳で俺を真っ直ぐ見つめる。  迷宮街の最深層・地下七層。  そこは街のモチーフとなった映画において、ヒロインが幽閉されている場所である。主人公達の目的は、迷宮の奥底に眠る囚われの姫君を助け出すことなのだ。勿論、映画を題材にしたこのレジャーランドでも、それは忠実に再現されている。  しかも、映画ではここに向かう間に遭遇する数々の罠や悪の組織との対決が描かれている。奇妙な符合だが、廃墟となった今も七層に向かうには映画と同様に悪党共が跋扈する地下五・六層を抜けなければならない。  テーマパーク時代は勿論エレベーターや非常階段が存在していたが、特対に自由に出入りされては困るマフィア達がそれらを破壊し尽くしたせいで、地下に行くには基本的に歩いていくしかない。そのため、ソネットは俺に護衛役を頼みたいということだろう。  しかし、問題はそれだけじゃない。 「あの分厚い扉はどう越えるつもりだ?」  俺はパンの欠片を口に放り込みながら尋ねた。  実はその最下層には簡単に行くことはできない。七層に降りる道の前には運命の扉という分厚い鉄の扉があり、侵入者の行く手を阻んでいる。扉を開くには八桁のパスワードを当てる必要があるのだが、これが「運命」の名の如く完全にランダムに設定されるため、奇跡でも起こらない限り正解することはない。  故に、街がまだテーマパークだった頃、迷宮の底で扉を開き、姫の眠る間に辿り着くことは少年達の夢であり憧れだった。  だが、今思えば、確率的にほぼ開くことのない扉を設置することで顧客リピートに繋げる狙いがあったと想像できる。子供の夢は、結局大人達の食い物だったという訳だ。
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