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「ったく。誰が可愛いお嬢さんだっ。馬鹿がっ!」
着地した俺はハァハァと肩で息をしながら、唾を吐いた。
この身体で肉屋の斬撃を受けるのは得策ではない。だから扉に刃先が刺さったのを見て、何かに食い込ませれば良いと思ったが上手くいったようだ。しかも怒りで我を忘れさせるためにご自慢のポエムを罵倒したのだが、そちらも期待以上の反応だった。
――まあ、実際ゴミクズみたいな詩だったけどな。……さて、こいつをどうするか。
白目で失神中のフェムレスを見下ろしながら、いっそ始末するかと考える。
勿論、捕獲するのが最善だが、クライムレベル八以上の超危険犯罪者の場合、緊急時には特対判断で殺傷しても良いことになっている。
だが、よく考えたら、こいつの身体は肉屋の親父だ。さすがに息の根を止める訳にはいかないか。
俺はモゴモゴ喚くソネットのそばに寄り、肉屋の包丁で縄を切った。そして、その縄でフェムレスを柱に括りつけた。後でマツリに連絡して特対に回収してもらおう。
「レドさんっ!」
猿ぐつわを外したソネットが駆け寄ってきた。
「うわーん。怖かったよぉ! レドさんが私に手錠をつけたせいでひどい目にあったよぉ! でも、かっこよかったよぉ! 結婚しようよぉっ!」
「ドサクサに紛れて変なこと言うな。そして俺の姿で抱きつくな」
俺の身体を押し返しながら、ちらりと気絶姿のフェムレスに目をやった。
こいつのようにアマンダを狙う悪党がまだまだいるだろう。急ぐ必要がある。
ソネットの両肩を掴み、眼を合わせる。
「おい、ソネット。潜るぞ」
「ほえ?」
鳶色の瞳をパチクリとするソネットに、俺はこう告げた。
「地下だ。――最深層を目指す」
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