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日も落ちかけ、東の空に赤い大きな月が昇り始めた頃、俺と彩は、彼女の曾祖母が住む町にある無人の終着駅に二人きりで立っていた。乗ってきた電車は既に元来た線路を運転手だけを乗せて帰って行ってしまっていた。
俺は彩がバックパックを背負うのを手伝って、誰もいない道を何気ない会話をしながら、二人並んでゆっくりと歩いていた。
彩は気にしていたのか、
「優、本当に“あなた”って呼ばれたくない?」と聞く。
「彩がそうしたいなら、別に構わないよ。」
すると、彼女は後ろを振り返ってから、俺を見て、
「じゃあ、あなた、、、気付いてるかしら?さっきから子犬が付いて来てるのよ。」
「あぁ、知ってるよ。」
「お腹空いてるかな?クッキーあげようかな?」
俺は、彩のバックパックから、ココナツ味のクッキーと小さなラジオを取り出し、クッキーを彼女に渡してから、ゆっくりと振り返って立ち止まった。
彼女はそのクッキーを一枚手に持って、しゃがみ込み、
「ほら、おいで、、、これ美味しいよ」とその子犬に話しかけた。
しかし、子犬はシッポを振りながら、その場に座り込んでしまい、それ以上近付こうとはしない。
俺はラジオを点けて、小さな音でニュース番組を聴きながら、二、三分ほど彼女と子犬のやり取りを眺めていた。
彩は立ち上がり、
「だめ、あきらめた。あなた、行きましょう。」
「ねぇ、犬欲しいの?」と聞くと、彼女は小さくうなずく。
「そのクッキーかして、」と言って俺はしゃがみ、まだ座り込んでいる子犬に見せるようにして、そのクッキーを少しかじり唾を付けてから、それを地面に置いて後ろに下がる。
そうすると、子犬はゆっくりと立ち上がって、そのクッキーに近寄り、その匂いをクンクンと嗅いだ後、口に銜え、おそるおそるそれを食べ、口の周りをぺロぺロとなめた。
「彩、やってごらん、多分、今度は手から食べるよ。」
彼女はまたしゃがんで、俺がした様に、少しかじって、唾を付けて、
「ほら、おいで、」と優しい声で言う。
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