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「普段は信じない癖に……。えーと、記憶に干渉する物の怪ね」
ぽつりと刺すようにして一言言うと、右手で短めに切られた髪ごと耳を抑えるようにして彼女は考え始める。
僕はジッと彼女を見つめ待つ。
「うーん」
だが、唸るだけで彼女はなかなか答えを出してくれない。
「そこまでいないものなのか?」
彼女なら、一息に十は名前を並べそうである。
「うぅん、逆」
「逆?」
「そう、心当たりがありすぎて検討がつかないの。他に何かおかしな事はないかな、些細なことでもいいから」
それだけの候補が上がる彼女に感心しつつ、僕は今朝から感じていたことを言う。
「そういえば、記憶喪失にしては……。いや、記憶喪失はこういうものなのかもしれないけど。夢みたいなんだ」
「夢? 寝ている時に見る?」
彼女は首を少し傾け聞き返してくる。
「そう、その夢。ほらよくあるだろ? 夢を見た事は覚えているけど、内容は忘れたみたいな」
昨日の記憶は無い、無いけれど昨日を確かに僕は過ごした。それが感覚として残っている。
「なるほど、夢ね。それならいるよ」
候補を絞りきれたらしい彼女は、僕の目を真直ぐ見て言う。
「現獏」
「ウツツバク?」
「そう、現獏」
「バクって確か夢を食べる動物だよな?」
「正しくは悪夢を、だけどね」
拍子抜けである。
どんな奇怪な生物が出て来るかと思ったら、関心の無い僕でも知っているメジャーなのが出て来た。
だけど、と思う。
「おかしくないか? 僕が無くしたのは夢じゃなくて、昨日全部の記憶だぞ?」
「うん、夢を食べるのはね。でも、今回は現獏」
そこで言葉を区切り、彼女は視線を僕から地面へと落とす。
「現実の記憶を食べるのが、現獏。夢を食べる獏とは、正反対とさえ言える生物かな」
なるほど、だから“現”か。確かに正反対だ。
「それで、その現獏から記憶を取り戻すにはどうしたらいいんだ?」
これが、この話の本題であり核心だろう。
僕がそう聞くと、彼女はバっと顔をあげ目を丸くする。
「記憶をとり戻したいの?」
「あ、あぁ。もちろんだけど……」
彼女のその反応に僕はたじろいでしまう。
そんな僕に彼女は詰め寄り、聞く。
「昨日の記憶が嫌なものだったとしても?」
その言葉で、彼女の言いたい事を察する。つまりはこういうことか。
「獏が‘悪夢’を食べるのなら、今回の現獏は僕の‘悪い現実’を食べたということ」
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