撃墜

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 気が付くと、目の前に大地が迫りつつあった。  肚の底から突き上げる浮遊感まである。  おれは操縦桿を握っていた。  見知らぬ計器に囲まれた狭い操縦室には、おれだけだ。  フロントガラスに浮かぶ数値が様々にカウントされていく。  おれは墜落していた。  だが、記憶がない。  自分が何をしていたのかも、自分の名前さえもわからない。  身の回りの機器にしても、何ひとつ見覚えがない。  ただ――フロントガラスの数値のなかに、すごい速さで下がっていく数がある。  あれはきっと高度をあらわしているのだろう。  あれが0になるとき、おれは死ぬのだ。  しかし、打つ手がない。  下手に操縦桿や計器を動かすと、死が早まるかもしれないという恐怖があった。  いったい何秒後に死ぬのか、目を覚ましてから何秒経ったのか、それさえもわからない。  内臓が浮き上がる感覚は止まなかった。  もし夢ならば、すでに目が覚めている。  どうやらこれは夢でもないらしい。  操縦席にいるということは、おれはパイロットなのだろう。  だが、操縦の技術などもすべて忘れている。  逸る気持ちを無理矢理に抑えこんで、おれは操縦桿から手を離した。  なにか自分を知るものがないかと身体をまさぐる。  と、胸のあたりに固いものが当たった。  おれはそれを慎重に取り出した。   一枚の『鏡』であった。  おれは自分の顔を見た。  まったく覚えのない顔であった。  まるで赤の他人のようである。  突然、フロントガラスに映像が浮かび上がった。  そこにはひとりの人物が映っていた。  その顔は――いまおれが鏡でみた顔と、瓜二つであった。
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