第一幕

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 大丈夫、まだまだ余裕だ。胸をなで下ろして、今度は頭に面がない事に気がついて、少し慌てる。枕元に丁寧に置かれているのを確認して、ほっと一息。  面を取られたことにも気がつかなかったくせに、二時間も眠っていない。眠気が少し消えたくらいで、おそらく疲れまでは取れていない。それでも二度寝をするには目はぱっちりと冴えている。意識もはっきりしている。そもそも本人がもう立ち上がり、何故か準備運動をし始めている。  屈伸をして、アキレス腱を伸ばして、手を組んで思いっきり腕を上に伸ばして、深呼吸をしてから、堪え切れなかったように笑みを溢す。他人から見たらなんとも気持ち悪い光景だが、それは本人も分かっているらしく、頬を叩いて部屋を出る。が、すぐに戻って、頭に面をつけ、良い感じの位置を見つけて頷く。  階段を下りて洗面所に向かう。顔を洗ってさっぱりとしてから、汗をかいたまま寝てしまったことに気がつく。シャワーを浴びたくなってそのまま服を脱いで浴室に入ると、水のままのシャワーをざっと浴びる。暑いから気持ち良い。心も体もさっぱりして、体を拭いてパンツをはくとそのまま祖母のところに行った。 「ばあちゃん」 「おや、そうちゃん、起きたのかい?」 「うん。シャワー浴びてきた」 「ふふふ。気合十分だねぇ」  祖母の言葉に、蒼志は顔を赤らめる。  だが、否定はしない。子供ながらの、思っていることと反対のことを言ってしまうということはなく、恥ずかしがりながらも、間違っていないから否定しないで、耐えきれなくて笑う。  下着のまま祖母のところに行ったのは、何も蒼志がものぐさだからとか裸族だからという理由ではない。  洗濯物を畳んでいた祖母は箪笥から出しておいたものを持ってくる。浴衣だ。白地に無作為に黒い線が幾つも引かれたような模様。帯は深い青色だ。去年より身長が伸びたから、今日は折ることなくぴったりサイズ。羽織ってそれを確かめると、少し得意気になって胸を張った。 「大きくなったねえ、そうちゃん」 「うん。もっと大きくなるよ」 「楽しみだねぇ」  手際良く着付けをしてもらって、蒼志は姿見鏡の前で腕を広げて確認して、何か足りないなと首を傾げた。  あ、お面。お風呂の前だ。
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