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大人しそうな雰囲気の可愛らしい女の子だ。クラスでは地味な、というか、あまり積極的に人と関わらろうとするタイプの子ではない。友達が数人いて、それでいいとしていて、遅いという意味ではなくマイペースな子だ。小学生にして自分の世界が出来上がりつつあり、その一人でも平気でいる彼女の姿に、蒼志は心惹かれたのだ。一種憧れに近い。
蒼志だって、決して長いものに巻かれているタイプではない。自分が悪いと思ったらすぐに謝るし、間違っていないと思うことは決して折れない。だが、一人で大丈夫の域までは、達していない。窓際で一人本を読んでいる兎鞠に、蒼志は憧れと好意を抱いたのだ。
僕もあんな風に、かっこよくいられたら。その思いが、彼の恋の始まりだった。
「待った?」
「ううん、さっき来たばっかり」
「よかった」
兎鞠は言葉を続けようとして、ふと、蒼志のあたまに装着されている面に気がついた。
「そのお面は?」
「あ、これはね、じいちゃんからもらったんだ」
「かっこいいね」
「だよね。かっこいいよね」
褒められたことが嬉しくて、でれっとしただらしない顔になる。
自分の顔がゆるんでいることに気がついて、隠すように面を被った。
その時、鼓動を感じた。
自分のものではない、だけど全身を駆け回ったその振動に、蒼志は目を見開き、胸に手を当てた。
なに、これ?
「そうしくん?」
「え? あ、えっと、ごめんね、なんでもないよ」
面を外して笑ってみせる。さっきまで音が聞こえていなかったかのように、周りの賑やかさが押し寄せてきて、まるで一瞬寝てたみたいだった。
疲れてるのかな。もしかして、一瞬寝ちゃった? きっとそうだ。
蒼志はそう思い、面をまた頭にかける。
「行こう、とまりちゃん」
促されるまま、兎鞠は蒼志の横を歩き始めた。
兎鞠が横に並ぶまでの数秒の間、蒼志は、さっきのはなんだったのかという気持ちを捨てきれずにいたが、隣に並んだ思い人の顔を見て、胸の高鳴りが全てを塗りつぶした。
どんなに幼くとも、恋は盲目であることに、変わりはないようだ。
○
現実はすぐに蒼志を焦らせる。
緊急事態が起きたわけではない。祭のどこかでは、もしかしたらいざこざが勃発しているのかもしれないが、安心な事に二人の周りは楽しげな雰囲気が漂っている。
今蒼志の周りで焦っているのは、他ならぬ彼だけだろう。
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